2014年公開 山田洋次監督。私だったら松たか子に主演女優賞を送ります。完ぺきな演技でした。
あらすじ
大学生の健史の大叔母のタキが亡くなった。遺品の中からタキが書いた自叙伝が出てきた。「おばあちゃん」と呼び懐いていた健史がタキに、若い頃の話を書いてよ、と言い、タキが書き残したものだった。
昭和11年、タキは山形から上京し、玩具会社の常務をしている平井の家の女中になった。赤い屋根のモダンな小さなおうちだった。
美人でやさしい妻の時子と息子の恭一との穏やかな山の手での暮らしはタキの人生の中で、もっとも幸せな、陽だまりのような日々だった。タキは精一杯この家族のために尽くすのだった。
そんなある日、玩具会社の新入社員で芸大卒の板倉が平井家を訪れた。折しも時局は戦争へと向かう厳しい時代になりつつあった。
それでもまだ人々は明るい未来を信じて疑わない。時子もそんな一人だった。板倉に初めて出会ってから時子の心の中に何かの灯がともった。
それから板倉は平井家を訪れ、タキや息子の恭一とも仲良くなる。
あるときタキは時子の帯が、出かけるときとは逆向きに巻かれていることに気がつく。帯は一度解かれたのだと。
タキが書き残した自叙伝の中には、このあと戦争に向かう状況の中、タキが死ぬまで後悔していたある秘密だけが書き残されていないことに健史は気付くのだった。
感想
昭和の初期の雰囲気の再現が素晴らしい。昭和をレトロっぽく扱った映画がよくありますが、私はその再現性に常に疑問を持っていました。
この映画の時代、昭和11年頃というのは、とても豊かな時代だったはずです。大正生まれの人に良くその話を聞いていました。とにかく豊かで、楽しかったと。
人々は新聞で日本が様々な事変で勝利したことを知り喜びます。また「首相はこう思っているだろう」などと政治のことを話題にします。
その後の戦況の悪化などまるで念頭にありません。それよりも勤め先の玩具会社の業績不振のほうが大問題です。
この家はずいぶん上流階級に近いですが、一般の人々も戦争に対して「悲惨」なイメージはまだ誰も持っていないことがわかります。この表現は真実に近いのでしょう。
さすが山田洋次さん、としかいいようがないです。中島京子原作の直木賞受賞作にほれ込んで映画化したと聞いています。並々ならぬ情熱で昭和を描いた、と言ってもいいでしょう。
また、ラストで原作とは違う解釈を加えていて、秘密の動機をより強いものにしています。
どうしても納得できないのは、主役の松たか子が奥行きのある演技で知性と色気のある人妻を演じていたのに、相手役となる男の人たちにあまり色気が無いのがどうにも合点がいきません。
もうひとつ、欲を言えば、あと少しサスペンスタッチにならなかったかな、惜しいなと思います。
ところで昔、山田洋次脚本の「椿姫」という映画で、号泣が止まらなくなったことがあります。そこまでではないですが、ラストシーンで泣かせるところは椿姫を思わせます。
これを劇場で見なかったことに後悔しています。なるべく大きい画面で、じっくり鑑賞していただくことをおすすめします。