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『イニシェリン島の精霊』映画のあらすじ&感想/わかりづらいが深い作品です

2022年 スリー・ビルボードのマーティン・マクドナー脚本・監督。これは一見わかりやすい物語のようで、実はちょっと難解な作品です。

あらすじ

1923年、アイルランドの小さな孤島イニシェリン島。住民全員が顔見知りのこの島で暮らすパードリック(コリン・ファレル)は、長年の友人コルム(ブレンダン・グリーソン)から絶縁を言い渡されてしまう。

理由もわからないまま、妹や風変わりな隣人の力を借りて事態を解決しようとするが、コルムは頑なに彼を拒絶。ついには、これ以上関わろうとするなら自分の指を切り落とすと宣言する。映画com.

感想

これは、おとな同志の喧嘩の話、なんて単純なものではありませんでした。実に深い。

架空の島イニシェリン島。この小さな島からはアイルランド本島を見渡せます。1921年の英愛条約をきっかけに起きた内戦は、複雑で凄惨なものであり、その後のアイルランドの人々に深い傷を残すことになりました。

映画の舞台はちょうど1923年。本島から内戦の砲撃の音が、間近に聞こえてきます。

この映画の難解さは、内戦と男たちの喧嘩という2重構造であるところです。しかしそのアイルランド内線というものが、それこそ複雑であるため、詳細までは我々日本人には理解不能かもしれません。

内戦については、ふわっとした理解でいいなら、つまりこういうことでしょう。

コルムがパードリックと決別し音楽を選んだ → 北アイルランドがアイルランドから離れイギリス連邦側についた。

作者はどちらの肩を持つわけでもなく描いていますが、ボタンの掛け違いで物事はエスカレートしていくのだと示唆しています。

そして2重構造のもうひとつ、コルムとパードリック。なぜコルムがパードリックを拒絶したか。それはラストからさかのぼって考えていくとみえてきます。

実はパードリックは島で2番目にアホな人です。退屈な話しかできず、行き遅れの妹と暮らしている。服装はおしゃれなので、一度は島を出たのかもしれません。

性格は自分勝手で粘着質。この粘着質の理由については「ネタバレ」の項で詳しく。リベラルなコルムは満を持して「つきあいをやめる」と決めたのでしょう。

ここからネタバレ

実はパードリックの態度を見ていてどうしても気になったことが。それは彼がコルムのことを好きだったのではないかと。つまり同性愛者として。

この時代、そういうことが許されるはずがありません。だから当人もしっかり意識しているわけではない。しかしコルムはそのことに気づいていた。そう考えるといろんなことが合点がいきます。

パードリックが妹と同じ寝室で寝ていることや、あまりにもコルムに固執するのはどうしてかということが。つまりこの物語、ほんとうは3重構造です。

パードリックはコルムの家を燃やしてしまいました。コルムが「これであいこだ」と言うのですが聞き入れません。本当に粘着質です。「ここからはじまりだ」と宣言するパードリック。

北アイルランド問題が今もなお完全に解決していないことがここで脳裏をよぎり、このふたりのその後の展開がとても恐ろしいものに思えてきます。

最初は舞台劇だったというこの作品、まったく見事に練り上げられた脚本であると言えるでしょう。

荒涼とした乾いた島の景色と、すべてを見通しているかのような精霊(バンシー)の存在。対岸の銃声。ロバのジェニーが部屋を歩く足音。そして島のパブの黒いビールと軽やかなバイオリン曲。この異様でコアな世界に、だんだんとなぜか懐かしさすら覚えるのはどうしてなのでしょう。

映画を観てから、時間が経てば経つほど、その情景が浮かんでくるのはきっと・・これが名作だからでしょう。

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